高崎市南西部の古墳巡りその2

 昨日は晴れて良い天気でしたが今日は曇りの予報です。恩行寺古墳を見学した後は700mほど南下して上信越自動車の北、天引川の東にある安坪古墳群とさらに東に進んで大沢川の西にある多胡古墳群を訪れました。どちらも案内板や標識はありません。迷いながらもなんとかたどり着きました。


「安坪古墳群」、安坪遺跡17号墳、およそ7基の古墳が残っています。

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「29号墳?」

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「古墳群」、左が吉井町38号墳、右は吉井町37号墳のようです。標識が一切ないので同定には自信がありません。

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「古墳群」、ここには吉井町43号、37号、38号、27号、29号、23号墳があるはずですが良く分かりません。

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「23号墳?」

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 安坪古墳群の近くですでに古墳群は見えていたのですが通りがかりの人に聞いてみたら安坪古墳群という言葉は知りませんでした。ここの地名が安坪(あつぼ)だから間違いないだろうと言うことでした。


「多胡古墳群」、10数基の古墳らしきものがあるのですがここも案内板や標識はありません。

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「古墳群1」、多胡村106号墳、122号、123号、133号134号古墳などがありますが同定は出来ません。

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「古墳群2」、こちらは道路の反対側です。

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「古墳群3」

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「石室の残骸?」、石室の石でしょうか、石が転がっていました。

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「小祠」、ここに集められたものかもしれません。

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古墳群4

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「古墳群5」

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「野仏」、長らく人に忘れられていたのでしょうか、半分土に埋もれています。

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「古墳群6」

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「古墳群7」

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 多胡古墳群は広範囲に点在する古墳群でかつては100基以上あったと言われています。古墳の間が整地されているので整備されるのかもしれません。今回紹介した古墳は小規模の古墳で指定史跡ではありません。群馬ではこのような古墳が無数にあります。おそらく2000基はあると思うのですべてを巡ることは難しいです。

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この記事へのコメント

2021年01月22日 08:01
おはようございます
生い茂った森の様で
通りすがりでは見落としてし
まいそうですね
管理維持するのは大変ですね
2021年01月22日 08:49
すーちんさん、おはようございます
名の知れた古墳はともかく多くの古墳は放置されています。マスコミで報道される多くの古墳は整備されて美しい姿です。でも実際の古墳は9割以上がこのような姿です。それでも現在存在している古墳は幸運なものと言えるでしょう。
戦後の高度成長期には100mを超える大型の古墳も惜しげもなくつぶされてしまいました。
整備された美しい古墳はもちろん良いのですが古墳の現状を知ってもらいたくあえて今回はこのような古墳を紹介しました。
2021年01月22日 12:01
上信越道の南北に広がる古墳群ですね。今回もgoogle Earthで楽しませてもらいました。確かにどの古墳も小さいですね。これでは古墳かどうか分からないものが多いでしょう。
2021年01月22日 12:42
長さん、上信越自動車の建設時に多くの遺跡が見つかりましたが調査後に道路の下になりました。2つの古墳群はわずかにずれていたので破壊を免れました。この辺りの古墳は小さいのですが埴輪を伴ったものが多いのが特徴です。今回は訪れなかった神保下條2号墳などは直径10mの円墳ですが10数体の埴輪が林立します。
google Earthは私も見るのですが小古墳は見付けるのが難しく道路も良く分かりませんね。