奈良古墳群その1
昨日、奈良古墳群(沼田市)、塚原古墳群(みなかみ町)、四戸古墳群(東吾妻町)の3ヶ所の古墳群を巡り歩いてきました。「ぐんま古墳探訪」の地名をカーナビに入れて向かったのですが全く役に立たず別のところに着いてしまい例によって地元の方に聞いたりして探し当てました。歩行数は12200歩でした。風もなく穏やかな日で楽しく歩けました。たくさんあるので何回か分けて紹介いたします。
「奈良古墳群の標識」、ここから200mほどのところです。
「全体図」、13の古墳が表示されています。
「5号古墳」、円墳、直径10.0m×12.5m、両袖型横穴式石室
「6号古墳」、円墳、直径10.0~11.0m×13.0m~13.5m、横穴式石室
「8号古墳」、円墳、不明、横穴式石室
「9号古墳」、円墳、不明、両袖型横穴式石室
「7号古墳」、円墳、直径約14.6m、両袖型横穴式石室、最も大きな古墳です。
「4号古墳」、円墳、直径10.5m×12.5m、両袖型横穴式石室
「3号古墳」、円墳、直径14.0m×15.0m、両袖型横穴式石室
掲載の順番は見学して歩いた順番です。この古墳群は昭和10年には36基ありましたが現在では10数基を残すのみです。多くは古墳時代後期から終末期の小規模な円墳です。埴輪の出土はありません。武器や馬具類が出土したと伝えられています。
この記事へのコメント
古墳は大小合わせると1万数千基にもなるとの事。
日本の真ん中に位置する群馬県は昔から交通の要所、多くの人々が
行き交い、水利を使っての交易が栄えて豪族がいた事でしょう。
夏場は藪の中に大きな石が転がっているとしか思えない古墳から
太田天神山古墳の様に長さが210mにもなる古墳と色々有るんですね。
野山に不自然な盛り上がり
古墳は見つけやすいんでしょ
うかね
大きな古墳は壊すには大変な労力が必要です。ところがこの古墳群のようなものはその気になれば壊すことは容易です。そのため多くの小古墳は消えていきました。元の姿ではありませんがここは比較的残されているほうです。
小山のようでも古墳はお墓ですから必ず石室があります。