赤城神社と参道のツツジ
昨夜の雨は上がって曇りの朝です。久しぶりの雨でしたが雨量はそれほど多くはありません。昨日は早朝6時前に家を飛び出し自宅から車でおよそ1時間の赤城神社参道のツツジを見に行ってきました。
「参道のツツジ」、参道の両脇に植えられた赤松の根元にヤマツツジが植えられています。
「満開のヤマツツジ」、下の方はすでに咲き終わっています。
「まだつぼみもあるヤマツツジ」、上の方はまだ開いていないツツジもあります。
「上部の参道のツツジ」、この時点で7時前です。松ぼっくりを拾いに来た夫婦がいましたが他に人はいません。
参道のツツジの根元に咲く草花をいくつか紹介します。
「シロバナヤマブキ」
「クサノオ」
「セリバヒエンソウ」、最も多く生えていました。
「カキドオシ」
「マムシグサ」
「キランソウ」
「シャガ」
「赤城神社鳥居」、ここは三夜沢赤城神社です。
「源実朝の歌碑」、(上毛乃勢多の赤城のからやしろ 大和にいかで あとをたれけん) とあります。「からやしろ」とは何なのか、韓社と採れば意味は通りますがどうでしょうか。
「神代文字の碑文」、江戸時代の国学者平田篤胤の養子鐡胤とその子延胤の撰文で明治3年3月に建てられたものです。これは碑の上部の文字で下部の文字は小さくては良く分かりません。
「対馬に伝わる阿比留文字」、ハングルに良く似ているのでハングルの知識があれば簡単に読むことができます。まなひところのなれるゆえよしと読みます。
「拝殿」、祭神は豊城入彦命と大己貴命です。
「本殿前の俵杉」、実際には3本あります。藤原秀郷(俵藤太)の伝説があります。
「神社裏の石宮」、たくさんの石宮がびっしり並んでいます。
「神楽殿」
「道の駅グリーンフラワー牧場・大胡」、風車の右に見える山は赤城山の鍋割山です。大変に広い道の駅です。
この後は赤城自然園に移動してヤマシャクヤクを見てきました。その様子は後日お知らせいたします。
「参道のツツジ」、参道の両脇に植えられた赤松の根元にヤマツツジが植えられています。
「満開のヤマツツジ」、下の方はすでに咲き終わっています。
「まだつぼみもあるヤマツツジ」、上の方はまだ開いていないツツジもあります。
「上部の参道のツツジ」、この時点で7時前です。松ぼっくりを拾いに来た夫婦がいましたが他に人はいません。
参道のツツジの根元に咲く草花をいくつか紹介します。
「シロバナヤマブキ」
「クサノオ」
「セリバヒエンソウ」、最も多く生えていました。
「カキドオシ」
「マムシグサ」
「キランソウ」
「シャガ」
「赤城神社鳥居」、ここは三夜沢赤城神社です。
「源実朝の歌碑」、(上毛乃勢多の赤城のからやしろ 大和にいかで あとをたれけん) とあります。「からやしろ」とは何なのか、韓社と採れば意味は通りますがどうでしょうか。
「神代文字の碑文」、江戸時代の国学者平田篤胤の養子鐡胤とその子延胤の撰文で明治3年3月に建てられたものです。これは碑の上部の文字で下部の文字は小さくては良く分かりません。
「対馬に伝わる阿比留文字」、ハングルに良く似ているのでハングルの知識があれば簡単に読むことができます。まなひところのなれるゆえよしと読みます。
「拝殿」、祭神は豊城入彦命と大己貴命です。
「本殿前の俵杉」、実際には3本あります。藤原秀郷(俵藤太)の伝説があります。
「神社裏の石宮」、たくさんの石宮がびっしり並んでいます。
「神楽殿」
「道の駅グリーンフラワー牧場・大胡」、風車の右に見える山は赤城山の鍋割山です。大変に広い道の駅です。
この後は赤城自然園に移動してヤマシャクヤクを見てきました。その様子は後日お知らせいたします。
この記事へのコメント
昨日行かれたんですね。
参道は長いので下は終わっても中段で満開、上部は蕾がありました。私も5月2日に行ったのですが下見だったので10日に出掛けて見て来ました。
偶々今日のブログです。
実は私も10日に予定していたのですがぐずぐずしているうちに別の用事が入ってしまいました。昨日は逃したら今年はもうだめと思い出かけてみました。何とか間に合ってよかったです。
雨は期待したほど草木
潤して呉れませんでした
ヤマツツジが見事です
丁度咲い始めた位が
良いですね
期待していた雨だったのですが残念、人間の思うようには自然は応えてくれません。
やや遅かったのですがここは標高差があるので上の方はまだ十分に見られます。赤城山のヤマツツジもやがて見ごろを迎えるでしょう。
私も朽木の森で山躑躅を観てきました。
クサノオ ことしはまだみていません。
セリバヒヘンソウ参道にでも咲いているのですね。
セリバヒエンソウは中国原産で明治時代に日本に入ってきました。なぜここにあるのか分かりませんがその数は1000本以上だと思います。