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zoom RSS 高崎市観音塚考古資料館その2

<<   作成日時 : 2018/04/04 06:15   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 25 / トラックバック 0 / コメント 6

 今日の最高気温の予想は26℃で暑くなりそうです。観音塚古墳の周辺には平塚古墳105m、5世紀末、八幡二子塚古墳66m、6世紀前半があります。観音塚古墳は3つの古墳では最も後で造られました。今日は昨日の続きです。

 「武器・工具」、観音塚古墳からは大量の武器や工具が見つかっています。
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 「鉄鉾鉾身・石突、鉄斧、鉄鉋、鉄製釘、鉄製L字金具」
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 「鉄鏃」、鏃は弓の矢の先に付けて使います。
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 「挂甲・小札」、挂甲は古墳時代の鎧で小札と言われる金属片を革紐でつないで作られました。
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 「挂甲・小札」、
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 「挂甲・小札」
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 「銅鏡」、弥生時代に中国から渡来した青銅製の鏡は古墳時代、権力者の象徴と呪術性を持った祭器として盛んに使われました。
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 「五鈴鏡(復元品)」、日本独自の鏡で振ると音がします。
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 「獣形鏡、五鈴鏡、内行花文鏡、画文帯環状乳神獣鏡」
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 「画文帯環状乳神獣鏡(復元品)」
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 「金属容器の金具・耳環」
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 「耳環、銅製責金具、銀製責金具」、耳環は14点あります。左下の2点は純金のようで輝いています。
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 「銀製容器蓋、金銅製円環金具、銅地銀張飾金具、銀製環状覆輪金具、銀製円環」
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 「銀装鶏冠頭大刀、銀装圭頭大刀」、ほぼ原形をとどめているのは3点です。
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 「銀装圭頭大刀(復元品)」、柄頭が山なりに屈曲しています。
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 「銀装鶏冠頭大刀」、鶏のトサカのような装飾的な塚頭を持ちます。
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 「大刀」
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 「銀装圭頭大刀」
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 「刀身、銀装刀子装具、弓金具、銀装唐草文透鞘金具」
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 「銅鋺(復元品)」
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 「巨石の来た道」、観音塚古墳は最大55トンも巨石が使われています。巨石を運んだ道の推定です。
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 「修羅」、二股になっている木製のそりです。
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 「観音塚古墳」、古墳には大きな桜の木があり、近くの人たちが花見をしていました。
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 「石室入り口」、後円部南側に向かって開口しています。
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 「羨道」、石室の全長は15.3mで羨道の長さは7.17mです。
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 「奥壁石」、幅3.42mの平らな石です。
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 「玄室から入り口」、玄室の高さは2.8mもありますから人が立っても十分余裕があります。天井石は巨大です。
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 群馬の古墳は約13,200基ですがほとんどが盗掘されており出土した副葬品が全て見られるところはいくつもありません。ここ観音塚古墳と観音山古墳などごく限られています。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
観音塚古墳と観音山古墳を取り違えていました。
ここはサクラが咲いて花見も出来るのでしょうか?
観音山古墳は何も花が無かったような・・・
貴重な出土品は東京に持って行かれのでしょうか?
入り口の高さ2.8mは高いですね。
信徳
2018/04/04 06:45
信徳さん、同じ高崎市にあり1字違いですから取り違える人は多いです。観音塚古墳には桜の木が何本もあり花見に来る人も多いです。ここは住宅街で回りには家が建っています。
観音山古墳は全ての樹木を切り払い元の姿に復元したので樹木はありません。
昔は出土品は東京の博物館や大学に持っていくのが当然の時代でした。出来るだけ地元に置こうと言うことになったのは戦後のことです。観音塚古墳の出土品は近くに小さな小屋を建てて保管されていました。高崎市観音塚考古資料館が出来たので今はこちらに展示保管されています。ただしいつでもすべてが見られるわけではありません。
2.8mと言うのは石室の1番奥の玄室の高さです。入り口はもっと低くかがんで入ります。
楽老
2018/04/04 07:16
お早うございます
大量の武具は必需品
銅鏡、耳環も多いんですね


すーちん
2018/04/04 07:29
すーちんさん、おはようございます
この時代、中央政権では蘇我氏が勢力を握っていた時代です。地方では中央政権と関係を保ちながら豪族が権力を揮っていました。豊富な副葬品はその繁栄を示すものです。
楽老
2018/04/04 08:06
挂甲・小札は厚みがあるのですね。こんなものをたくさん集めて鎧にしたのですから、相当重かったでしょうね。
長さん
2018/04/04 10:20
長さん、小札は鎧の胴,草摺 ,大袖,兜の錏 (しころ) に用いる小板のことを言います。鉄札と革札があります。出土品は鉄製です。保護のために台座の上に付けてありますが実際は薄い鉄の板です。とはいえ挂甲などを作るには相当な枚数を必要とします。こんな重いものをつけて戦うのは大変ですね。
楽老
2018/04/04 10:38

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